技術士に求められるコンピテンシーの中で、問題解決能力は「肝」の一つです。今回の研修会では、問題解決の最初のステップになる「問題の発見」「問題の分析」にフォーカスしました。講師は、僭越でながら委員長の片岡です。2024年2月10日(土)Webのみの開催にて16名が参加して「資質・能力向上」問題解決が行われました。
1 この研修テーマを設定した背景
問題解決能力は技術者なら誰しもが身に着けたいと日々努力していますが、どのように取り組んでいるのでしょう?特に、問題を発見する「多様な観点」の獲得については、一人では限界があり、ここを強化したいとの声が寄せられていました。
修習委員会でも「修習ガイドブック」の中で、問題発見・分析について詳しく述べています。しかし、「さらに本質を見出すようなアプローチがないのか」と模索を続け、哲学対話の分野にそのヒントを見出し、研修に応用しました。
2 開会のあいさつ
今回は全編Webです。司会進行・研修講演~閉会までを通して片岡が担当しました。
本日の研修は講演とグループワークで構成します。グループワークでは、いろいろな技術分野で、年齢も経験も異なる人とグループを構成していますので、問題を見出す多くの視点に気づけるようになると思います。
講演は三部で構成しています。第一部では技術士に求められる問題分析とそのレベルについて、第二部では問題分析の手法について、第三部ではグループワークでの取り組みについて説明します。休憩をはさみ、グループワークと発表を行います。
3 講演
3-1 第一部 技術士に求められる問題分析とは
技術士会が示している「コンピテンシー」では、問題解決として2つのことが示されています。最初のポツは分析について、次のポツは解決策の提示についてです。本日は、この中で、最初のポツ「問題分析」について扱います。
問題分析では、まず、対象となる問題は「複合的である」と。また、表面に現れている問題だけではなく、背景に潜在する要因を取り出すことが求められています。この時、内容を「明確に」すること、「調査」すること、「定義」することが必要です。問題の定義にあたってはデータ・情報技術を活用することが重要だと述べられています。この赤字部分はR5年の1月に追加されました。
3-2 「複合的」とは?
技術士には複合的な問題の解決が期待されます。「複合的」とは、どのようなことなのかを一つひとつかみ砕くようにIEAの翻訳を参照しながら見ていきます。
表は3つに分けており、向かって左はエンジニアが解く問題の特徴です。真ん中がテクノロジスト、右側がテクニシャンだとみてください。3つを比べながら、エンジニア(技術士)に求められる「複合的な問題」の特徴を見ていきます。
「要求される知識の深さ」の観点では、エンジニアには第一原理の分析的アプローチが求められています。次いての観点では、「相反する要求のレンジ」、「要求される分析の深さ」「論点の身近さ」「適用可能な指針の範囲」「ステークホルダーの関与の範囲」「相互依存性」などそれぞれ、エンジニアには何が求められているのかを記載しています。
当日の講演では、それぞれの観点について、詳しく実例を交えながら説明しています。ブログでは割愛しますが、たとえば「ステークホルダーの関与の範囲」の観点では「協働」が含まれていること、ニーズが大きく異なるステークホルダーを相手にすると思うと、簡単には方向がそろうことはなさそうであることなど。そうゆう状況で「協働」を期待されていますので、また別の機会に扱いたいと思いますが、リーダシップの取り方などコンピテンシーにもつながります。
3-3 扱う問題のまとめと期待されるレベル
エンジニア問題には3つのレベルがあり、技術士には複合的な問題の解決が求められ、次のように要約されます。
複合的な問題の特徴(解決に必要な能力)
・第一原理からのアプローチが必要
・多岐にわたる論点
・明白な解決策がなく、創造性/独創性が求められる
・ニーズが大きく異なる多様なステークホルダーとの協働
期待されるレベル
・データ・情報技術を活用して定義し、調査し、分析する
・多角的視点を考慮し、ステークホルダーの意見を取り入れる
3-3 第二部 問題分析手法
問題解決は一般的には7つのステップに分けて考えることができます。
①「問題発見」(問題の明確化:目標値と現状値のギャップ)
②「問題分析」(背景、要因、原因の調査・分析・整理)
③「課題設定」(問題を解決するために為すべき課題を設定)
④「対策立案」(課題に対する実施事項の立案、採否・優先順位の決定)
⑤「実行計画書の作成」(実施事項の詳細、スケジュール、実施結果の評価基準)
⑥「対策実施」(実施、結果の確認)
⑦「評価」(結果の効果の評価)
このうち、今日の研修では①と②にフォーカスしています。ステップ①問題発見をイメージで描けば、スライドのように表現できます。
製品のあるべき姿に対して、エネルギー効率の視点では、現状と理想の間にギャップがあり、これを問題Aとします。
同じように他の点でも、現状と理想とのギャップを明確することで問題が発見できます。
3-4 問題と課題を区別して扱う
ここで問題と課題を区別しておきます
このように問題と課題を区別するのはなぜでしょうか?一般的には、問題や課題という言葉の持つ意味や使われ方が何通りかあり、必ずしもここであげた使い方のみではありません。これについて詳しくは、情報交流会で意見交換しましょう。今は、技術者として解決策を提案するにあたり、問題と課題という言葉を使い分けて、頭を整理するのだと理解ください。
3-5 「課題を抽出したの『観点』」をどのように表現するか、『技術者の立場』をどのように表現するか
能登半島地震にて現在起きている問題を取り上げ、問題分析、課題設定、技術者の立場での具体的な表現例を解説しました。もちろんこれが唯一の正解ということではなく、一例です。まず、現状と理想とのギャップを上記図に倣って整理します。(ブログでは割愛)
その中から問題の1つを取り上げ、それを解決する打ち手(すなわち課題)を複数抽出する例をしめしました。その中には自分の技術分野に関する打ち手や複数の技術分野にわたる打ち手があります。私(講師)は電気電子・情報通信の技術者ですので、「情報通信技術者の立場で」整理しています。(ブログでは割愛します)
3-6 「あるべき姿」は、簡単にわからないことが多い
実際の会社業務では、「あるべき姿」や「現状」について、簡単にはわからないことが
私にはとても多くありました。つまり、「複合的」な問題について、「多様な価値観」を持つメンバーが集まり、「ハイ、これがあるべき姿です、現状はこれです」とはなりません。
理想や現状が簡単に一致しないことが多くありましたが、しかし、時間的制約やトップの思い、また、「そもそもみんなの意見なんて聞いていられない」という状況が起こりがちで、その場合には、次のスライドのような「ちょっと困った状況」になってしまうことがあります。
3-7 問題発見・分析に哲学対話のアプローチを応用する
多様なステークホルダーが集まれば、「あるべき姿」が簡単に見つかるものでないですが、頑張って「あるべき姿」を求める努力をすることも、もちろん意味があると考えます。議論を積み重ね、多くの人が納得するあるべき姿にたどり着くことはあります。
しかし、議論の途中で、お互いに信条や信念、理念の違いなど立場の違いからどうしても譲れないことから、対立しがちです。わたしの経験上もそうです。
他に方法はないのか?別のアプローチを仮に「アプローチB」と呼びますが、こちらを考察してみたいと思います。出展は、「哲学は対話する」(著者:西研 2019年10月 筑摩選書) です。
まず、違いを見ておきます。
問題分析の入り口にあたる部分が違います。「理想を語る」ことから始めるのではなく、「気になる」こと、「問題かも」と思うことから始めることです。これは自分の知見や経験や、自分の心から感じられることが大切です。自分の心に照らして考えるなら、いつでもそれを確認できることです。
3-8 グループワークを進めるうえでの注意点
ステップ1、2では問題意識を出し合います。このとき最初から「問題の本質をズバッと突いてやろう」なんて狙わなくてもいいです。
まず、頭に浮かんだ問題を出していきます。また、問題を聞いた人は「それはこうすれば解決できるよね」と気づいても言わないでください。軽く相槌程度で応じておいて、むしろ、いろいろな角度から「問題」と思うことが出てくるように、活性化をはかります。
司会の人は、大括りでいいですので、整理します。
参考例では、「モビリティ社会の実現に向けて」をテーマに、疑問を出し合うことが参考として示されました。(ブログでは割愛します。)
ステップ3,4では自分の経験や知見が大事です。また、他人から聞いた話でも「確かにそうだ」と自分なりに納得できていることが大切です。
技術者として経験が多いほど、多くの観点があります。また、自分が経験していない観点が出てきた場合、チャンスです。よく理解して、自分の観点の引き出しに加えます。このため質問は有効です。
研修会では、参考例としてセキュリティの観点、基本設計の観点、運用者の観点を示しました。これらはシステムやソフトウエアの実装にあたり実際に経験したことです。(ブログでは割愛)ここでは相槌で済まさないで積極的に質問もOKです。
参考に「一般的な業務のプロセス」を示します。立場としては、「利用者の立場」「設計者の立場」「運用する立場」「保守する立場」「性能を評価する立場」「全体の責任を持つ立場」などを想定し、それぞれの立場から観点を探る参考にすることができます。
ステップ5では由来や背景の確認です。由来や背景をさぐる質問をすることで、その観点に関する見方や考えが深堀されます。
ステップ6では問題が3~5個出された状態になっていると思います。
どれも、簡単には優先付けしにくい問題ばかりが並んでいるように見えるはずですが、それぞれの背景や由来を考えると、例えばコストより安全性だよね、とか、指針から解決策の方向感が見えてきます。
しかし、ここで課題設定や対策の立案へと急がないでください。グループで議論しながらも、偏った議論に陥っているといったことがあります。最初の疑問にもどりましょう。ステップ7は、議論を最初の疑問に答えるものへと修正する意味でも、とても大事です。
4 グループワークと発表
休憩をはさみ、60分のグループワークを行いました。今回はグループワークと質疑応答を厚くするためグループを4つ、4~5名/グループに限定して(先着順)グループを構成しました。グループワークのテーマは、下図のスライドです。グループワークにあたっては、さらに詳細な「テーマ文」が別途配布されました。
4-1グループワーク 60分
4-2 発表と質疑応答
4グループのうち、テーマ「A」は1グループ、テーマ「B」が3グループそれぞれで発表し、またお互いに質疑応答がなされました。また、主催側(私たち技術士側)でも事前に実施しており、その様子も紹介されました。(ブログでは割愛します)質疑応答では、お互いに遠慮があったり、勝手がつかめなかったりと最初なかなか質問が出ませんでした。進行としての反省点です。
5 講師の総評
ステップ1での問題意識としては、もっと素朴な疑問も遠慮なく出してもOKです。技術者としての「力み」があったようです。むしろもっと多くの疑問を抽出できるようにすることが重要だと思います。
しかしながら総じて多様な立場での意見がなされ、各自の「引き出し」が増えたと思われます。お疲れ様でした。
6 閉会挨拶 石川副委員長(化学部門、総合技術管理部門)
最後に、石川副委員長より次のように閉会挨拶されました。
「4グループそれぞれの検討結果のワード資料が共有されていますので、各グループの視点・観点の違いを読み返すと、良い気づきがあると思います。また今日は哲学的な考え方を応用した問題抽出・分析の進め方で試行いたしましたが、今の皆さんが担当しておられる業務へも応用でき、仕事に対する意識づけにも役立つと思います。」
7 情報交流会
このあと休憩なく情報交流会(その1)にはいりました。
7-1 その1
研修会本編では扱いきれませんでしたが、次のようなトピックで意見交換されました。
・「多面的」な提案が技術士に求められていますが、この「多面的」とはなにか、IEAの翻訳では「多角的」と訳されているが、その違いはなにか
・「観点を示したうえで課題を明らかにする」について、具体的にどのような表現があるか
・「あるべき姿」と「本質を捉える」こととはどのような関係があるか、哲学対話の方法で、本質に到達できると考える根拠はなにか
・AIチャットを使ったネット情報の探索
7-2 その2
時間がたち、一人また一人と去っていきました。そして、かなりお酒も回り、修習活動についての意見交換(のような会話)が進み、お開きとなりました。
最後までお読みいただき、ありがとうございます。[修習技術者支援委員会 委員長 片岡]