2023年8月度修習技術者研修会

修習技術者支援委員会委員長の片岡です。2023年8月12日(土)の研修会は「技術者倫理」です。修習技術者および技術者の合計29名が参加され、技術者倫理に関する事例の紹介、およびグループワークと発表を行っています。


(会場の模様)

倫理に関して、すべての人は自分なりの考え方を持っています。しかし、さらに考えを深めたり、改めて見直したりする機会は、通常の会社業務では得られにくいと思われます。この研修会では、業種も年代も多様な人々とグループワークを通して、倫理に関する多様な視点を学ぶことがテーマです。

開催

小塚委員の司会進行で進みました。

司会進行 小塚委員

1 事例の紹介
技術者倫理は、実例に基づきグループワークを通して意見交換しながら学ぶことによって思慮が深まると言われています。今回は、昨年の札野先生倫理講演(2022年10月)の冒頭であげられた“宿題”に加え、合計5つの事例が取り上げられました。いずれも組織の中で技術者として働く立場として、様々なジレンマを感じる内容でした。

1-1 札野先生“宿題”

最初の事例は、昨年10月に札野先生講演の冒頭で提示された課題への取り組みです。この課題には、参考となる実際のケースがあり、このケースを学びながら、札野先生の提示された課題について検討を深めます。
実際のケースとは、1977年アメリカ、ニューヨークであった「シティコープビル」の事例です。当時独創的な建築を行うことで定評のあった設計技術者に依頼されたビルは、施主が満足する斬新なデザインで、また当時の設計基準を満たし竣工しました。しかし、翌年、斜めからの風へに対し強度不足では、との指摘を見知らぬ学生より受け、再計算をしたところ16年に一度の頻度でニューヨークを襲う嵐で倒壊する危険があることがわかりました。設計責任者は、一晩悩み抜いて、行動します。さて、どのように考え、行動し、その結果はどのようになったのか、講演にて紹介されました。

事例1 シティコープビル

この事例を参考に札野先生から出された次の課題に取り組みました。

【問】あなたは建設予定の高層ビルの構造設計を請け負った会社のエンジニアです。シティコープビルのケースを以下のように捉えなおした場合、あなたならどのように行動しますか?
・ビル倒壊に至る大型台風襲来頻度が16年ではなく1000年に1度の場合、どう考えますか?
・設計技術者は設計事務所の所長であり、自分で決断し行動できる立場でした。上司がいる立場で、まったく聞く耳を持たない場合、どのように行動しますか?
・シティコープビルの場合、建設が完了した直後でした。建設が始まる直前の場合、どのように行動しますか?
・補強に要する追加費用の捻出の目途が立たない場合、どのように行動しますか?

1-2 フォード・ピント事件

次の事例は、公衆の安全を最優先とする技術者が、会社の業務目標の中でどのように安全対策に向き合っていくのかを扱っています。
やや古い事例ですが、1960年代アメリカでは、日本や欧州からの小型車が大量に輸入され、米国内の自動車メーカは対抗策の確立が経営課題でした。フォード社では、日本車に負けないコストと優れた運転性能をもつ小型車“ピント”を開発することとし、開発は通常より短期間で行われ、目標の性能・コストを満たす自動車が完成し、市場に投入されました。
売れ行きは良かった。しかし「乗員の安全より自社の利益を優先した」として発売から5年後、雑誌で厳しく批判され、販売終了に追い込まれました。(事例2)
予想される事故件数と、1件あたりの補償額をもとに総補償支払額を試算し、安全対策の費用とを比べ、起きる事故に補償金を支払ったほうが安全対策を行うより数倍も得になると判断した、と雑誌に掲載されたのです。“公衆の安全を最優先に” 違反した例として倫理の教書ではよく取り上げられていましたが、最近では公平な視点から事件の再評価がなされています。組織内で働く技術者視点では、社内に限らず社外に向けたコミュニケーションの点からもよく考えさせられる事例でした。

 事例2 フォード・ピント事件

事例について確認した後、次の課題に取り組みました。
【問】あなたは、ある機械の量産の決定及び生産を担当する技術者です。
現状では、利用者が怪我をするリスクが残ります。あとわずかな追加費用で一層高い安全対策ができ、利用者の怪我を軽くすることになります。その方法を実証し会社に提案しています。
しかし、目標の製品コストを超えてしまうことを理由に会社側は納得しません。また、会社側の言うように法的にはそこまでの安全基準は求められていません。あなたであれば、どのようにしますか?

1-3 新潟中越地震 上越新幹線事例

優れた事例の紹介でした。
平成16年10月23日(土)、17時56分ごろ、列車停止位置の約11kmを震央とする震度7の「新潟県中越地震」が発生した。東京駅発新潟駅行き下りとき325号は、速度約200km/hで走行中、大きな揺れとともに非常ブレーキが作動して線路上に停止した。 10両中8両が脱線していたが、線路から大きく逸脱していなかった。
列車には、計154名が乗車していたが、死傷者はなかった。
この事例からは、優れた倫理観は、どのような条件が整えば継承することができるのかについて、問に基づき検討しました。
良い事例を分析する手法として、「レジリエンスエンジニアリング」という考え方が提唱されており、新幹線の減災に関する事例の分析が紹されました。(事例3)


事例3 新潟中越地震越新幹線事例分析

【問】現在あなたの組織はこの事例のように“倫理的に良い状態”です。この状態を維持・継続するためになにをすべきか、と問われました。
どのような条件(内部条件、外部条件、法令条件、組織風土条件など)があれば、倫理的に良い状態が今後も維持・継続されると考えられますか?

1-4 リクナビ事件

この事件は、法的には 「個人情報の目的外利用」による違法な行為であった。しかし、倫理的にはさらに深刻な問題が含まれている。
2019年就活向けサイト「リクナビ」では、前年度の就活生のリクナビ上での行動履歴を分析し、本年度の就活生の行動と照合することにより内定辞退率を予測し企業に販売していた。(事例4)
個人情報保護委員会および厚生労働省より指導を受けたが、就活生の批判を受け、サービスを中止した。


事例4 リクナビ事件

この事例から、自分の技術がどのように社会実装され、誰に影響を与えるのかを把握しないまま人工物を作ることについて次の問に基づき、検討しました。
【問】あなたは、会社からの指示を受け、データを解析するアルゴリズムを設計することになりました。この解析にはあなたの得意とする“○○AI分析手法”がとても有効であり、また、自分以外にはとてもできないだろうと自信を感じました。設計が完了したら○○AI分析による自分の実績として業界的にも認められるだろうと期待できます。しかし、解析結果を会社がどのように使うのか、はっきりと提示されていません。うわさでは、適切な手続きを経ずに集められたデータを使って人の行動を解析している業務に利用されると聞きました。
直属上司に確認しましたが、上司も詳しい用途とデータの出どころを把握していなようです。新しいサービスに使われるため、企業秘密として社員にも詳しく伝えられていないようです。
ただ、リリース日は決まっており、それほどの余裕日程はありません。上司によると、社内での法務審議も終え、法的問題なしとしています。
あなたならどうしますか?

1-5 技術士会「最近の技術者倫理事例」

時間の制限もあり詳しく説明されませんでしたが、最近の技術者倫理事例として紹介がありました。(事例5)

事例5 最近の技術者倫理事例

2 講演2 グループワークの準備

技術者倫理探求の手法として、「セブン・ステップ・ガイド」が紹介されました。まず、自分を当事者であると仮定し、次の7つのステップで考えることで倫理的探究を行う手法です。
① 当事者の立場で、直面している問題を表現する
② 事実関係を整理する
③ ステークホルダーと価値を整理する
④ 複数の行動案を具体的に考える
⑤ 論理的観点からの行動案を評価する
(普遍化可能テスト、可逆性テスト、徳テストなど複数の視点で行動案を評価する)
⑥ 自分の行動方針とその具体的方法を決定する
⑦ 再発防止に向けた対策を検討する

セブン・ステップ・ガイドでの行動案の評価

グループワークの注意点
グループワークについて注意してほしいこととして、苫野一徳氏 「はじめての哲学的思考」(ちくまプリマー新書)を参考に、次の3点が説明されました。
1) 一般化のワナに注意する
2) 問い方のマジック
3) 帰びゅう法/背理法に陥らない

3 グループワーク&発表

Web参加者4チーム、会場参加者2チームに分かれ、グループワークに取組んだ。先の事例の中からグループで話し合う事例を1つ選び、事例内の“問い” への回答をグループで話し合い発表します。最初に自己紹介と役割(司会、書記、タイムキーパ、発表担当、他チームへの質問担当)を決めスタートしました。

A&D班:事例2
A&D班では、建設部門2名と上下水道部門1名、衛生工学部門1名の4名にて事例2を取り上げて検討がなされました。

A&D班の模様(グループワーク)

B班:事例1
B班では、建設部門2名、機械部門1名、電気電子部門1名にて事例1を検討がなされました。

B班模様(グループワーク)

C班:事例4
C班では、情報工学部門2名、電気電子部門1名、建設部門1名、農業部門1名の5名にて事例4を検討がなされました。

C班模様(グループワーク)

E班:事例1
E班では、建設部門3名、電気電子部門1名、経営工学部門1名にて事例1を検討がなされました。

E班模様(グループワーク)

F班(会場) 課題4
E班は、電気電子部門3名、情報工学部門1名にて課題4を検討がなされました。
G班(会場):事例1
機械部門2名、建設部門1名、衛生工学部門1名、電気電子部門1名にて事例1を検討がなされました。

4 講評

講師を務めた片岡委員長から講評がなされた。
「特定の価値観にとらわれるのではなく、一人の専門家として、事実に基づき、物事の選択や判断をする基準を自分の中に形成することが大事だと考えています。 今回は倫理的問題を含んだ実例に基づき、その立場となった場合の倫理的ジレンマを仮想体験してもらいました。さらに、実例に関連するケースを想定し、解決方法をグループで話し合い、議論を通して、多様な立場や考え方の倫理的視点が見いだされたと思います。日頃の業務に活かせるように願っています。」

講評の模様(片岡委員長)
(聞き取りにくい状況でした。)

6閉会挨拶

研修会の終了にあたり名平副委員長から閉会の挨拶があった。
「本日は、時間が短い中で難しい課題に取組んでいいただきました。技術者倫理は一つの会社や組織の中で議論していくと、なにが正しいのか、わからなくなることがあります。今回の場のように、いろいろな企業の方や様々な技術部門の方と議論することは価値があったと思います。修習技術者支援委員会では、今後もこのような場を用意してまいります。」

閉会挨拶(名平副委員長)

おわりに

グループワークの時間は、約1時間でしたが、どのチームも時間不足でした。バックグランドも年代も異なるチームでの検討・議論でしたので、他では得られない貴重な機会だったと思います。

以上