2024年1月13日(土)、研修会に続き発表研究会を開催いたしました。発表者は、修習技術者の島田 拓実様(機械部門、情報工学部門)です。
このブログでは、発表の様子をお伝えします。
1 司会進行
司会は、小塚委員(金属部門)です。発表研究会のお願い事項の説明と、進め方のプログラム説明がありました。評価基準はルーブリック評価基準を採用して基準の明確化を図っております。
評価方法は 次の通りです。
・発表時間20分、質疑応答20分の計40分。
・3分前、1分前、終了時にチャットでお知らせする。
・指定時間内に発表が行えているか
・聞きやすさ(発表内容は簡潔明瞭か、声量は適切か)
・パワ-ポイントの見やすさ(文字・図表・色使い等)
・聞き手に対する判りやすさ(発表構成、時間配分等)
・質問への対応(質問への対応は的確か)
・技術士に求められる資質能力(8つのコンピテンシー)が含まれているか
発表研究会では、質問・コメントを積極的に行うように要請がありました。コンピテンシーの向上において、発表価値を高めるためにも皆様のひとことが重要です、とのご説明でした。
2 発表
2-1 発表の動機
はじめに、発表の動機や内容、意気込みについて。
発表の動機としては、「人から見られることで成長できる」と考えていたことです。多くの方にこの発表を見て頂けることで、自分自身が成長できると思います。今回、幸運にも発表する機会を得られました。
2-2 発表内容
発表の内容は、2部構成になっています。最初に、一般的なAIの解説を行います。次に、既存製造ラインへのAI導入業務を紹介します。
最後に、発表の意気込みをお伝えします。技術士に求められる資質能力、コンピテンシーを踏まえた発表ができるように頑張ります。よろしくお願いいたします。
2-3 第1部 AIの解説
「AIのイメージと実際」について説明します。一般的なAIのイメージは、「AIは、人間では出来ないことをしてくれる」だと考えています。しかし、AIにも出来ることと、出来ないことがあります。例えば、ChatGPTは正解がわからないときにわからないと言えず、代わりにそれっぽいことを回答します。ChatGPTは、自分で正しいかどうか判断出来ません。このように出来ることと、出来ないことがあります。
2-4 第2部 既存製造ラインへのAIの導入
導入に取り組んだのは製品の良/不良を音データなどから判定する「分類AI」です。今回は、モーターの製造ラインの中の検査工程に導入しました。
2-5 分類AIでの判定の原理と調整できる範囲
モーターの検査では作動音を聴き、OKな音か、NGな音かを判断します。新人検査員は、OK/NGの境界がわかりません。しかし、ベテラン検査員なら感覚的に判断できます。このような感覚で判断する検査を官能検査と呼びます。感覚でOK/NGの境界を決めているのでプログラム化・自動化が難く、現在人間が検査しています。しかし、分類AIなら境界を明確にでき、自動化が可能です。
分類AIの作る境界について、下の図で説明していきます。左から説明します。分類AIは、(OK/NG)などの与えられたデータで境界を引きます。例えば、グラフのように、OK品とNG品のデータを与えたとします。青の点がOK品のデータ、赤がNG品のデータです。分類AIは、OKとNG品の判定を作成した境界の線で分けます。境界線を挟んで、AI判定OK側、AI判定NG側と呼ぶことにします。次に中央の図です。分類AIが作成した境界は、パラメータをいじることで微調整が可能です。ただ、大きな調整は出来ません。微調整だけです。最後に右の図です。大きな調整が必要な場合は、分類AIを作り直し、境界を変えます。分類AIの境界は与えたデータに影響が大きく、データ不足の場合はデータを追加しAIを作り直します。
2-6 AI導入による課題 :「見逃し」と「過検出」
分類AIでは良品/不良品を100%分類する境界を引けないことが多いです。このとき、不良品の流出防止のため、境界を調整します。境界の調整は、AIが“NG品をOKと判定する「見逃し」”をゼロにすることで行いますが、この時、AIが“OK品をNGと判定する「過検出」”が生じ「NG品と一緒にOK品を廃棄してしまうおそれ」が出てきます。
OK品を回収するために「人による再検査」を行うこととなれば、再検査数によってはコスト高となります。
2-7 目標設定:振動検査機の検査精度を採算が合う方法で向上させる
「過検出数を3分の1以下」を目標に設定しました。
2-8 分類AIを導入、実証実験で目標をクリア
実証実験では、AIの過検出数は従来と同程度でした。長年改善してきた判定に、AIが一瞬で並んだのはすごいことです。しかし、これでは、目標の3分の1に達しません。
解決策として、工程を見直し、閾値判定でNGだった場合でのAI判定を追加しました。実質的には検査工程の追加となりますが、しかしこれによって、過検出数が現行の4分の1に低減され、目標をクリアできました。
2-9 品質管理施策の変更
実証実験は上手くいきましたが、まだ業務は終わりではありません。AIの導入により、振動検査機の検査方法が変更になりました。それに伴い、品質要求事項「振動検査機のNG品見逃しなし」を満たすための品質管理が必要となります。新規製造ライン導入時の品質管理と同じです。4つの施策を行いました。
・初期流動管理
・管理図作成
・AI更新体制の確立
・残存リスクの許容
AIを使う以上、絶対はありません。残存リスクの許容をステークホルダー達と合意しましこれらの施策で、振動検査機を運用することを、製造部、品質保証部、生産技術部で合意しました。
2-10 評価
最後に、評価です。「振動検査機の検査精度を採算が合う方法で向上させる」という目標を達成できました。検査精度向上の要件「現行の過検出数の3分の1以下」は妥当でした。「NG品見逃しなし」という品質要求事項を、品質管理で満たすことができました。この業務で開発した手法は、「過検出低減AI」と呼ばれるようになりました。過検出低減AIは、海外工場の製造ラインにも適用されるようになりました。この評価をもって、「過検出低減AIの開発」業務は終了しました。
2-11 ステークホルダーとのコミュニケーション
解決策の実施にあたり、検査機器のOS(オペレーションシステム)がPythonのAIプログラムが使えないという課題があり、検査機器のプログラマに協力していただきましたが、AIの説明が難しく、認識の齟齬が起きやすいという課題がありました。
また、製造部や生産技術部とは、AI導入による検査精度向上の要件のすり合わせなど目標決めの課題を一緒に解決していきました。
3 質疑応答
発表終了後、次のような質問がなされました。
Q1 「過検出数を3分の1以下」とした理由は?また、過検出が4分の1となったのはなぜか?
Q2 どれぐらいの「学習」をAIにさせたのか?さらに学習させると性能はよくなるのか?
Q3 製造ラインの人にAI導入の説明やライン運用のための教育はどのようにおこなったのか?
Q4 工程が変更(増えた)ことについての評価は?
4 島田様より発表後の感想が届きました。
発表の機会を与えていただき、ありがとうございました。発表が「わかりやすい」と好評で良かったです。誰にでも内容が理解できる発表にしようと、一字一句魂を込めて準備した甲斐がありました。ただ、発表の聞き取りやすさやスライドの見やすさについては、改善が必要だと感じました。これらは、実際に発表してみたり、発表を聞いた人からアドバイスを伺ってみたりしないと気づけないことだと考えています。
年齢を重ねていく中で、アドバイスを頂けることがありがたいことだと強く思うようになりました。修習技術者発表研究会の担当者の方から、この発表のフィードバックの資料を頂けて、大変感謝しています。ありがとうございました。
5 サマリー(問題分析と課題の特定を中心に)
5-1 問題分析
ご講演から、島田さんが行った問題分析を図のように示すことができると感じました。現在の良品判定システムにAIを導入するにあたり4つの問題を分析し、それぞれに課題設定をしています。
それそれの観点から見ていきます。まずAIの導入に伴う過剰検出のレベルの観点では、目標を現状の3分の1に設定していますが、結果は目標を上回る性能を得ています。
次に、検査環境の構築コストの観点では、既存の検査環境を大規模に更改することなく既存のシステム内にAIに対応するソフトウエアを開発・実装しコストの発生を抑えています。
操作性・現場受容性の観点では、導入後も現場の力で維持・改善が図られるように新技術を説明し移転しており、さらに、同社の海外工場への適用もなされています。
最後に品質マネジメントの観点では、品質管理に要求される要件を満たすように技術情報を整理し品質管理にかかわる関係者と十分なコミュニケーションをとり、必要な体制をとったことが理解できました。
5-2 問題解決のコンピテンシー表出
今回のプレゼンを問題解決のレンジの視点から、IEAの PC 4.1章のカテゴリーに照らしてみれば、表の通りです。(〇がプレゼンで表現されたこと)
今回の導入・検討にあたっては技術士にふさわしい高いレベルのコンピテンシーが示されたことが分かります。
今回は、AI導入よる検査品質の改善であり「設定型」の問題です。このような設定型の問題へのアプローチとして様々な手法が開発されています。2024年2月研修会で少し触れたいと思います。
6 発表会お申込み
発表会は、希望者があれば必ず開催いたします。参加希望者は、技術士会HPの「修習技術者支援委員会」のサイト( https://www.engineer.or.jp/c_cmt/syuusyuu/)から申込み案内をご確認の上、メールにてご連絡下さい。
最後までお読みいただきありがとうございました。
(修習技術者支援委員会委員長 片岡陽一(技術士(電気電子部門))